修道会について

 

Sorores Franciscanae Militiae Immaculatae

S. F. M. I. ​

日 本 語 : けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会 ​

ラテン語 : Sorores  Franciscanae Militiae Immaculatae ​

英  語 : Franciscan Sisters of Militia Immaculata

 

創立者 ミエチスラオ・マリア・ミロハナ神父

 

 

修道会の霊性

けがれなき聖母の騎士会の精神

 





ご連絡は seibofamily.mikonagai@gmail.com までお願いいたします。

0957-34-2228

マリアのみ名を呼吸のように唱えながら一緒に歩んでいきませんか。


修道会の名称について

名称   意味
教区立 長崎大司教区立 長崎大司教区長の指導の下にある。
2018年10月、聖座法修道会(国際修道会)の手続きを完了し、現在、承認を待っている。
フランシスカン 第三フランシスコ会 聖コルベ、創立者ミエチスラオ・ミロハナ神父はコンベンツアル聖フランシスコ会であったため、
聖コルベの霊性・ミロハナ神父の教えはフランシスコ的伝統が受け継がれている。
聖母の騎士 聖コルベの霊性 聖コルベが創立した「けがれなき聖母の騎士」信心会の精神を生きる女子修道会として創立される。
正式名称は「けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会」であるが、
通常、「聖母の騎士修道女会」と称する。





修道会の創立

 

 1945年(昭和20年)8月9日長崎市に原爆が投下された時、浦上一帯は焼け野原になり、家はもちろん親・兄弟・姉妹や親戚などすべてをうしなった何千人もの原爆孤児が、食べ物を求めて街をうろつき悲惨な状態でした。長崎県は本河内の聖母の騎士修道院の院長神父様に原爆孤児の施設を作って下さいと頼みに来られ、そこで神父様は『聖母の騎士園』という原爆孤児の施設を創られたのでした。

 その施設は、はじめ職員達を雇って 孤児の世話をし、アメリカの進駐軍が 成長盛りの孤児たちのために必要なパ ン・バター・ハム・チーズなどを下さ いました。ところが炊事場の倉庫に保 管していたこれらの食料品を施設の職 員が、夜中に全部盗んで持ち出してし まう事が何度か続きました。日本中が 戦争に負けて食糧難に陥っていたから です。戦争に負けた事実は、人間の心 を本当に悪の方に引っ張って行くもの でした。それで施設で働いていた若い 神父様がミロハナ院長神父様に『この 仕事は、修道女にさせてください。そ のために女子の修道会を作って下さい』 と何度も願ったのです。ミロハナ神父は、先輩であり、ご自 分の教師であった聖マキシミリアノ・マリア・コルベが生前に女子の修道会創立について『聖母がお望みならば・・・』という事を話されていたことを思い出されました。

 ミロハナ神父は沢山祈りつつ、聖マキシミリアノの精神で生きる会を創立する事を決心し、ローマにおられる長上の意見を聴き「創りなさい」というお返事をいただき、ローマ及び長崎教区からの許可のもとに聖母の騎士修道女会を小長井に創立されたのです。ミロハナ神父は孤児の世話だけでなく、もっと大きな理想を持っていました。  その理想とはマリア様によって一人でも多くの人々が神様を知り、神様を信じ、神様を愛してほしい、また人間にとって本当の幸福とは、どこにあるのかを知り、人々が永遠の幸福をつかむために祈り働らく修道会を作りたいと願って、聖母マリア様にすべてを捧げる修道会を創立されたのです。これはポーランドのアウシュビッツにて一人の囚人の身代わりとなって殉教された聖マキシミリアノ・マリア・コルベ神父様の望みであり、精神でした。 

   

 

 

 

創立されてから姉妹たちは何もかも不足していた時代、聖母騎士園に集まってくる目の前にいる多くの子供たちの世話に力を尽くし、心を一つにして聖コルベの教えに従って、聖母マリアに寄りすがり祈り続けた。「けがれなき聖母への奉献の祈り」は現在まで早朝、唱えられ、すべてをけがれなき聖母に捧げている。

 

 

 


けがれなき聖母への奉献の祈り

けがれなき天地の女王、罪びとの拠り所、 いつくしみ深い母、聖マリア、 神は、あわれみの営みのすべてを あなたに委ねることを望まれました。 罪ふかいわたしは、あなたのみ足もとにひれ伏し、 わたしのすべてを全くあなたのものとして 受け入れてくださるよう切に祈り求めます。 わたしの霊と体のすべての能力、 全生涯、死、永遠をもあなたに委ねます。 あなたについて 「女のすえは、おまえの頭を踏みくだく」 「あなたは、ひとりよく全世界の異端をことごとく滅ぼされた」 と言われたことを実現する道具として、 わたしのすべてを余すことなく、あなたに奉献します。 わたしが、迷いの中にある多くの霊魂と 救いに無関心な人々のうちにあなたの栄光を高め、 イエズスの尊いみ国を広めるために、 けがれなく、あわれみ深いあなたのみ手の中で 働くことができるよう導いてください。 すべての恵みは、愛に満ちたイエズスのみ心から、 あなたのみ手を通してわたしたちに注がれ、 罪人の回心と成聖の恩恵が絶えず与えられます。 聖なるおとめ、わたしはあなたをたたえます。 あなたの敵に立ち向かう力をわたしにお与えください。

 

 

 

















初代会長 故 シスターフランシスカ・マリア・中山 和子




故シスターフランシスカ・マリア・中山和子が
障がい者福祉にどのように関わっていたのかについてご覧いただけます。


福田 雅文先生が語る
(みさかえの園 総合発達医療福祉センターむつみの家 施設長)
日本の重い障がいを持つ子供たちへの支援はどのように拡がり、
それに携わっていた方々がどんな思いをなさっていたのか、
障がいを持つ方に寄り添うための心構えについて 


日本の重い障がいを持つ子供たちへの支援の拡がり①



日本の重い障がいを持つ子供たちへの支援の拡がり②



日本の重い障がいを持つ子供たちへの支援の拡がり③

 

歩み

1949.12.8 聖マキシミリアノ・マリア・コルベの遺志を継いでコンベンツアル聖フランシスコ会のミエチスラオ・ミロハナ師によって長崎県北高木郡小長井町に聖母の騎士修道女会が創立。最初の会員7名が志願者として着衣を受け修道生活をはじめる。

1950.7.15 姉妹たちは小長井を去って大村の聖母の騎士園に移り、園児の養育     

   12.8 教皇庁より通常誓願修道会として創立認可

1952.12.8 最初の修練着衣式、聖心愛子会(現在の聖心の布教姉妹会)の特別な好意によって7名の修練がはじまる。   

1953.5.19 聖母の騎士園小長井へ移転にともない、修道院も大村を引き上げる。   

  12.15 最初の誓願宣立者7名誕生 (聖心愛子会聖堂にて) ​          

 (* 編集中 )